中尾神社(山梨県笛吹市)完全ガイド|延喜式内社の歴史と御朱印情報
山梨県笛吹市一宮町中尾に鎮座する中尾神社は、延喜式神名帳に記載された由緒ある式内社です。垂仁天皇7年(紀元前23年)の勧請と伝えられ、約2000年の歴史を持つ古社として知られています。甲斐一宮浅間神社の北西約1kmに位置し、地域の人々から「飛永明神」や「道祖神さま」として親しまれてきました。
本記事では、中尾神社の詳細な歴史、御祭神、境内の見どころ、御朱印情報、アクセス方法まで、参拝前に知っておきたい情報を網羅的にご紹介します。
中尾神社の基本情報
所在地: 〒405-0053 山梨県笛吹市一宮町中尾1331
御祭神: 大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)
旧社格: 旧指定村社
式内社: 甲斐國八代郡 中尾神社
通称: 飛永明神、道祖神さま
中尾神社は道路交差点の角に位置する小さな境内ながら、巨木に囲まれた美しい雰囲気を持つ神社です。特に秋には境内が銀杏の落葉で黄色一色に染まり、地域の方々が銀杏拾いに訪れる光景が見られます。
中尾神社の歴史と由緒
創建と古代の歴史
中尾神社の社伝によれば、垂仁天皇7年正月甲子日(西暦紀元前23年)に勧請されたと伝えられています。この時期は日本の古代史において、各地に神社が建立され始めた時代であり、甲斐國においても重要な神社として創建されました。
醍醐天皇の御宇、延喜式神名帳(927年完成)に「甲斐國八代郡 中尾神社」として記載されており、式内社としての格式を持つ古社です。延喜式神名帳所載の神社は、当時の朝廷から公認された由緒ある神社であり、甲斐國における信仰の中心地の一つでした。
平将門の乱と藤原忠文の祈願
天慶年中(937〜947年)、平将門の乱が起こった際、征東大将軍に任命された藤原忠文が東征に向かいました。この時、朱雀天皇の幣帛(へいはく:神への捧げ物)を奉り、中尾神社で戦勝祈願を行ったという記録が残されています。
この歴史的事実は、中尾神社が当時から軍事的にも重要な祈願所として認識されていたことを示しており、朝廷と深い関係を持つ神社であったことがわかります。
武田家との関係
中世に入ると、中尾神社は甲斐源氏の流れを汲む武家との関係を深めていきます。新羅三郎義光(源義光、1045〜1127年)以降、武田家代々が中尾神社を崇敬し、社領を寄進してきました。
武田家は甲斐國の戦国大名として栄え、特に武田信玄の時代には甲斐國内の神社仏閣への崇敬が篤く、中尾神社も武田家の庇護を受けていたと考えられます。武田家滅亡後も、徳川家康が甲斐國を治めるようになってからも、従来の社領が維持され、徳川家も旧例を継いで中尾神社を保護しました。
近代以降の変遷
明治4年(1871年)、明治政府の管領により、従来の社領が上知(国に返還)されました。これは全国的な神社の社領没収政策の一環でしたが、中尾神社は地域の信仰の中心として存続しました。
明治時代には村社に指定され、地域社会における重要な神社としての地位を保ちました。現在も笛吹市一宮町の氏神様として、地域住民の信仰を集めています。
御祭神について
大己貴命(おおなむちのみこと)
大己貴命は大国主命(おおくにぬしのみこと)の別名であり、出雲大社の主祭神としても知られる日本神話の重要な神様です。国造りの神、農業神、商業神、医療神として幅広い神徳を持ち、縁結び、五穀豊穣、商売繁盛、病気平癒などのご利益があるとされています。
少彦名命(すくなひこなのみこと)
少彦名命は大己貴命とともに国造りを行った神様で、医薬・温泉・禁厭(まじない)の神として信仰されています。小さな体で知恵に優れ、大己貴命を助けて日本各地を巡り、人々に医療や農業の技術を教えたと伝えられています。
この二柱の神様は、古事記や日本書紀において協力して国造りを行ったペアとして描かれており、中尾神社では両神を御祭神として祀ることで、地域の発展と人々の健康・繁栄を祈願してきました。
境内の見どころ
本殿と拝殿
中尾神社の境内は決して広くはありませんが、道路交差点の角という立地ながら静謐な雰囲気を保っています。本殿と拝殿は伝統的な神社建築様式で建てられており、地域の信仰の中心として大切に維持されています。
御神木の大銀杏
境内を特徴づけるのが、立派な銀杏の御神木です。秋になると境内全体が銀杏の落葉で黄色一色に染まり、美しい光景を作り出します。近所の方々が家族で銀杏採りをする姿も見られ、地域に根差した神社であることがわかります。
境内右手にも名前は特定されていませんが、もう一本の巨木が立っており、これらの古木が神社の長い歴史を物語っています。
道祖神の石祠
中尾神社は「道祖神さま」という通称でも呼ばれており、境内には道祖神の小石祠が社殿の側に祀られています。道祖神は道の神、旅の神として、また縁結びや子孫繁栄の神として信仰されており、地域の人々に親しまれています。
毎年1月15日直近の祝祭日・土日曜日の二日間には、道祖神の祭りが開催され、多数の人出で賑わいを見せます。この祭りは地域の重要な年中行事となっており、中尾神社が単なる歴史的な神社ではなく、現在も地域コミュニティの中心として機能していることを示しています。
天満宮
境内左手には天満宮が祀られています。天満宮は学問の神様である菅原道真公を祀る社で、受験合格や学業成就を願う参拝者が訪れます。中尾神社の境内社として、地域の教育への願いを受け止めてきました。
中尾神社と甲陽一徳斎藤原助則
中尾神社を語る上で欠かせないのが、甲陽一徳斎藤原助則(本名:田村安暉、のち義事、1827〜1909年)という人物です。
中尾神社の神官の家系
甲陽一徳斎は中尾村(現在の笛吹市一宮町中尾)出身で、その生家は中尾神社の神官を務める家柄でした。神官の家に生まれながら、彼は刀匠としても才能を発揮し、甲州刀の名匠として知られるようになります。
刀匠としての功績
明治23年(1891年)に開催された第5回内国勧業博覧会では、大阪の名匠・月山貞一とともに褒賞を受けるという栄誉に輝きました。その技術は明治天皇の目にも留まり、所望されて宮内庁へと献上されました。
甲州刀は武田信玄の時代から続く甲斐國の刀剣文化を受け継ぐものであり、甲陽一徳斎はその伝統を明治時代に継承し、発展させた重要な人物です。
子孫の活躍
甲陽一徳斎の子には怡与造、沖之甫、守衛がおり、甥の義富を含め、いずれも陸軍中将の任に就いたという記録が残っています。中尾神社の神官の家系から、明治日本の近代化を支えた軍人が複数輩出されたことは、この地域の教育水準の高さと、中尾神社を中心とした地域文化の豊かさを示しています。
御朱印について
中尾神社では御朱印をいただくことができます。ただし、常駐の社務所はないため、御朱印を希望される方は事前に電話連絡をする必要があります。
御朱印の受け方
- 事前に電話で連絡を入れる
- 神職の方が来てくださる時間を確認
- 約束の時間に参拝
- 直書きで御朱印をいただく
電話連絡をすれば、神職の方が来てくださり、直書きで丁寧に御朱印を書いていただけます。参拝者の口コミでも、親切に対応していただけたという声が多く見られます。
御朱印の特徴
中尾神社の御朱印には、「中尾神社」の社名と、式内社としての格式が記されます。延喜式神名帳所載の古社としての歴史を感じられる御朱印は、御朱印収集をされている方にとっても価値のあるものとなるでしょう。
笛吹市内の他の中尾神社
笛吹市には、一宮町中尾の中尾神社とは別に、八代町米倉にも「中尾神社」が存在します。
八代町米倉の中尾神社
中央本線石和温泉駅の南約8kmに位置する八代町米倉の中尾神社は、浅川にかかる米倉橋の南詰から畑の中の車道を東へ進んだ突き当たりに鎮座しています。
こちらの中尾神社は、鳥居はなく、空き地の中に石祠が一つあるのみという非常に簡素な形態です。石祠の台座部分に「中尾神社」と刻まれています。社域の後方にはリニア実験線が通っており、古代からの信仰の場と最新技術が共存する興味深い光景となっています。
二つの中尾神社の関係
一宮町中尾の中尾神社が延喜式神名帳所載の式内社であるのに対し、八代町米倉の中尾神社は規模も小さく、詳細な由緒は明らかではありません。同名の神社が同じ笛吹市内に存在することから、何らかの歴史的関連性があった可能性も考えられますが、現時点では明確な記録は残されていません。
周辺の神社と甲斐國の式内社
甲斐一宮浅間神社
中尾神社から南東約1kmの位置にある甲斐一宮浅間神社は、甲斐國一宮として格式高い神社です。浅間神社は富士山信仰の中心的神社であり、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)を御祭神として祀っています。
中尾神社を参拝される際には、ぜひ甲斐一宮浅間神社にも足を延ばしてみることをお勧めします。
甲斐國の式内社
延喜式神名帳には甲斐國の式内社として複数の神社が記載されており、中尾神社はその一つです。甲斐國八代郡には他にも式内社が存在し、古代からこの地域が信仰の中心地であったことがわかります。
山梨県内には玉諸神社(甲府市)、大神社(笛吹市)など、延喜式神名帳所載の古社が点在しており、これらを巡る式内社巡りも歴史愛好家には人気があります。
アクセス情報
公共交通機関でのアクセス
最寄り駅: JR中央本線「山梨市駅」または「石和温泉駅」
駅からの距離: 約3〜4km
公共交通機関でのアクセスはやや不便で、最寄り駅からタクシーまたは徒歩となります。バス路線もありますが、本数が限られているため、事前に時刻表を確認することをお勧めします。
自動車でのアクセス
中央自動車道「一宮御坂IC」から: 約10分
中央自動車道「勝沼IC」から: 約15分
中尾神社は道路交差点の角に位置しているため、車でのアクセスが便利です。ただし、境内は狭く専用駐車場はありませんので、周辺の迷惑にならないよう配慮が必要です。近隣に短時間駐車できるスペースがある場合もありますが、路上駐車は避け、可能であれば近隣の公共駐車場を利用することをお勧めします。
カーナビ設定
住所: 山梨県笛吹市一宮町中尾1331
または「中尾神社 笛吹市」で検索
参拝の際の注意点
参拝時間
中尾神社は常時参拝可能ですが、境内は住宅地に隣接しているため、早朝や夜間の参拝は近隣への配慮が必要です。日中の明るい時間帯の参拝をお勧めします。
御朱印希望の場合
前述の通り、御朱印を希望される場合は必ず事前に電話連絡をしてください。神職の方は常駐していないため、連絡なしで訪れても御朱印をいただけない可能性があります。
写真撮影
境内での写真撮影は基本的に可能ですが、参拝者や近隣住民のプライバシーに配慮し、人物が写り込まないよう注意しましょう。特に銀杏採りをされている地域の方々の姿を撮影する際は、必ず許可を得るようにしてください。
銀杏の季節
秋の銀杏の季節は境内が美しい黄色に染まりますが、落葉で足元が滑りやすくなっている場合があります。参拝の際は足元に注意してください。
中尾神社の年中行事
道祖神祭り(1月)
毎年1月15日直近の祝祭日・土日曜日の二日間に開催される道祖神祭りは、中尾神社の最も重要な年中行事です。多数の参拝者で賑わい、地域の伝統行事として受け継がれています。
道祖神信仰は日本各地に見られる民俗信仰で、村境や峠などに祀られ、外部から侵入する疫病や災厄を防ぐとともに、縁結びや子孫繁栄を願う信仰です。中尾神社の道祖神祭りでは、地域の安全と繁栄を祈願します。
その他の祭事
例大祭などの詳細については、神社に直接お問い合わせください。地域の氏神様として、年間を通じて様々な祭事が執り行われていると考えられます。
笛吹市と一宮町の歴史
中尾神社が鎮座する笛吹市一宮町は、歴史的に重要な地域です。「一宮」という地名は、甲斐國一宮である浅間神社に由来しており、古代から信仰の中心地でした。
笛吹市は平成16年(2004年)に、石和町、御坂町、一宮町、八代町、境川村、春日居町の6町村が合併して誕生しました。桃やぶどうの生産で知られる「日本一の桃源郷」として、果樹栽培が盛んな地域です。
一宮町は甲府盆地の東部に位置し、富士山を望む風光明媚な土地です。古代から交通の要衝として栄え、中尾神社をはじめとする歴史的な神社仏閣が多く残されています。
まとめ
中尾神社(山梨県笛吹市一宮町)は、垂仁天皇7年創建と伝えられる約2000年の歴史を持つ式内社です。延喜式神名帳に記載された格式ある古社でありながら、道路交差点の角という身近な場所に鎮座し、「飛永明神」「道祖神さま」として地域の人々に親しまれています。
大己貴命と少彦名命を御祭神として祀り、国造りの神々のご神徳をいただける神社です。境内の大銀杏が秋に黄色く染まる美しい光景、道祖神祭りの賑わい、そして甲陽一徳斎という刀匠を輩出した歴史など、小さな境内ながら豊かな物語を持つ神社です。
御朱印を希望される方は事前に電話連絡が必要ですが、神職の方が親切に対応してくださいます。甲斐一宮浅間神社と合わせて参拝されることで、甲斐國の古代からの信仰文化をより深く理解することができるでしょう。
笛吹市を訪れた際には、ぜひこの歴史ある中尾神社に足を運び、2000年の時を超えて受け継がれてきた信仰の場に触れてみてください。
