赤須賀神明社(三重県桑名市)|歴史・石取祭・御朱印・アクセス完全ガイド
赤須賀神明社とは
赤須賀神明社(あかすかしんめいしゃ)は、三重県桑名市赤須賀に鎮座する神社です。桑名市において桑名宗社(春日神社)以外で石取祭が行われる数少ない神社の一つとして知られています。
東海道の宿場町として栄えた桑名において、赤須賀神明社は伊勢国への玄関口に位置する重要な神社でした。江戸時代、東から来たお伊勢参りに向かう旅人は、桑名の七里の渡しから伊勢国に入りましたが、赤須賀神明社は伊勢国で一番近い神明社として、海上安全の守り神として崇敬されてきました。
ご祭神
主祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)です。日本神話における最高神であり、皇室の祖神として、また伊勢神宮の内宮に祀られる神として広く信仰されています。
赤須賀神明社の歴史
創建の経緯と三河国からの移遷
赤須賀神明社の歴史は室町時代後期に遡ります。1561年(永禄4年)、三河国市場村(現在の愛知県額田郡幸田町市場)から市場茂右衛門秀高とその家臣らが移住し、漁師町の赤須賀村を開発しました。
その2年後の1563年(永禄6年)9月11日、三河一向一揆が勃発した際に、三河国祈願所の神明社御霊代を現在の元赤須賀中ノ丁へ移遷奉祭したのが赤須賀神明社の始まりです。この移遷は、一向一揆による混乱から神社を守るための措置であったと考えられています。
漁業の町としての発展
赤須賀は室町時代に三河国から渡来した武将たちによって開発された漁業の町であり、産土神として三河より移遷した神明社を祀っています。赤須賀村の水夫たちは優れた船の操縦技術を持ち、桑名藩の御座船を操縦する重要な役割を担っていました。
東海道と七里の渡し
江戸時代、東海道の宿場町である桑名は、宮宿(熱田)との間を結ぶ「七里の渡し」の起点として栄えました。この海路を往来する旅人や参勤交代で桑名を通る大名たちは、旅の安全を祈願するために赤須賀神明社に参拝しました。
赤須賀神明社は伊勢国で最初に出会う神明社として、お伊勢参りの旅人にとって重要な信仰の場となっていました。境内には御座船の模型が奉納されており、当時の海上交通の様子を今に伝えています。
近代以降の変遷
明治時代以降も地域の氏神として信仰を集め続けてきました。昭和6年(1931年)には狛犬が奉納され、平成2年(1990年)には神馬像が奉納されるなど、時代を経ても地域の人々の篤い信仰が続いています。
令和3年(2021年)3月には、三河国の神明社より御霊代を移遷奉祭する儀式が行われ、創建時の縁を改めて確認する機会となりました。
境内の見どころ
本殿と拝殿
赤須賀神明社の御神域はかなり広く、立派な社殿が建ち並んでいます。拝殿は参拝者を迎える神聖な空間として整備されており、天照大御神を祀る本殿へと続いています。
狛犬と神馬像
境内には複数の時代に奉納された狛犬があります。昭和6年8月に奉納された狛犬は保存状態が良く、当時の石工技術の高さを示しています。また明治時代に奉納された狛犬も残されており、歴史の重層性を感じることができます。
平成2年7月に奉納された神馬像は、神社に馬を奉納する伝統を現代に伝えるものです。
摂社・末社
境内には本社以外にも複数の摂社・末社が祀られています。
一目連神社(別宮)
水難守護の神として知られる一目連神(いちもくれんしん)を祀る神社が別宮として勧請されています。漁業の町として発展した赤須賀にとって、水難除けの神は特に重要な存在でした。一目連神社は多度大社(三重県桑名市多度町)の摂社としても知られており、赤須賀の人々の海上安全への願いが込められています。
記念碑と顕彰碑
境内には地域の歴史を伝える重要な石碑があります。
諸戸清六氏の水道事業顕彰碑は、桑名の近代化に貢献した実業家・諸戸清六の功績を讃えるものです。諸戸清六は桑名の水道事業に尽力し、市民生活の向上に大きく貢献しました。
また、赤須賀村が桑名町に合併したときの経緯を記した記念碑も建立されており、地域の行政史を知る上で貴重な資料となっています。
御座船の模型
境内には桑名藩の御座船の模型が奉納されています。大名が乗る御座船を操縦したのは赤須賀村の水夫達であり、その高い技術と誇りを今に伝える貴重な奉納品です。
石取祭(いしどりまつり)
赤須賀神明社の石取祭の特徴
赤須賀神明社の祭礼である「石取祭」は、桑名市の重要な伝統行事です。通常、桑名の石取祭は春日神社(桑名宗社)を中心に8月初旬に行われますが、赤須賀神明社の石取祭は毎年8月の旧盆に行われるという特徴があります。
この時期の違いは、江戸時代に武家地であった鎮国守国神社の氏子区域を隔てているという歴史的な経緯によるものです。
祭車の豪華さ
石取祭の祭車(山車)には漆が施されており、金・銀・真鍮などの金具が取り付けられています。さらに蒔絵や彫刻などで豪華さを演出しており、職人の技術の粋が集められています。
「日本一やかましい祭り」
桑名の石取祭は「日本一やかましい祭り」として知られ、鉦や太鼓の音が町中に響き渡ります。赤須賀神明社の石取祭も同様に賑やかで、地域の人々の活気と団結を象徴する祭りとなっています。
御朱印情報
御朱印の授与場所
赤須賀神明社の御朱印は、鎮国守国神社にていただくことができます。鎮国守国神社は赤須賀神明社から徒歩圏内に位置しており、桑名城跡の近くに鎮座しています。
御朱印の特徴
御朱印には「赤須賀神明社」の社名が墨書きされ、神社の印が押されます。参拝の記念として、また信仰の証として多くの参拝者が御朱印をいただいています。
参拝時の注意点
御朱印をいただく際は、まず赤須賀神明社に参拝してから鎮国守国神社に向かうのが礼儀です。御朱印帳を持参し、丁寧にお願いしましょう。
交通アクセス
所在地
〒511-0033
三重県桑名市赤須賀1817-1
TEL: 0594-23-0402
電車でのアクセス
JR・近鉄桑名駅から
- 西桑名駅方面へ徒歩約15分
- 桑名城跡の東側に位置しています
養老鉄道 西桑名駅から
- 徒歩約10分
- 最寄り駅として便利です
車でのアクセス
東名阪自動車道
- 桑名ICから約10分
- 桑名市街地方面へ進み、桑名城跡を目指します
伊勢湾岸自動車道
- 湾岸桑名ICから約15分
駐車場
境内に参拝者用の駐車スペースがありますが、台数に限りがあります。石取祭などの祭礼時は混雑が予想されますので、公共交通機関の利用をおすすめします。
周辺の観光スポット
桑名城跡(九華公園)
徒歩約5分。桑名藩の居城跡で、現在は公園として整備されています。
鎮国守国神社
徒歩約10分。桑名藩主松平家の祖先を祀る神社で、赤須賀神明社の御朱印もこちらでいただけます。
七里の渡し跡
徒歩約15分。東海道の宿場町として栄えた桑名の歴史を伝える史跡です。
六華苑
車で約10分。国の重要文化財に指定されている洋館と日本庭園が見事な施設です。
多度大社
車で約20分。一目連神社の本社があり、「上げ馬神事」で有名な神社です。
参拝のポイント
参拝作法
神社参拝の基本作法は「二礼二拍手一礼」です。
- 鳥居をくぐる前に一礼
- 手水舎で手と口を清める
- 拝殿前で賽銭を納める
- 二度深く礼をする
- 二度拍手を打つ
- 一度深く礼をする
おすすめの参拝時期
8月の旧盆(石取祭)
赤須賀神明社の最も重要な祭礼である石取祭の時期は、祭車が町を練り歩き、活気に満ちた雰囲気を体験できます。
初詣
新年の参拝も多くの地域住民で賑わいます。一年の無事を祈願するのに最適な時期です。
平日の静かな時間
ゆっくりと境内を散策し、歴史を感じたい方には、平日の午前中がおすすめです。
赤須賀神明社の文化的意義
三河国と伊勢国を結ぶ架け橋
赤須賀神明社は、三河国から移遷した神明社として、愛知県と三重県の文化的なつながりを象徴する存在です。市場茂右衛門秀高とその家臣らによる開発の歴史は、戦国時代の人々の移動と新天地での定着の物語を今に伝えています。
海上交通の守護神
七里の渡しの時代から、赤須賀神明社は海上安全の守り神として崇敬されてきました。現代においても、交通安全や旅の無事を祈願する参拝者が訪れています。
地域コミュニティの中心
石取祭をはじめとする祭礼は、地域の人々が集い、絆を深める重要な機会となっています。赤須賀神明社は単なる信仰の場にとどまらず、地域コミュニティの中心としての役割を果たし続けています。
まとめ
赤須賀神明社(三重県桑名市)は、三河国から移遷した歴史を持つ由緒ある神社です。室町時代の永禄年間に創建されて以来、漁業の町・赤須賀の産土神として、また伊勢国の玄関口に位置する海上安全の守り神として、長きにわたり地域の人々の信仰を集めてきました。
毎年8月の旧盆に行われる石取祭は、豪華な祭車と賑やかな鉦・太鼓の音で知られ、桑名市の重要な文化遺産となっています。境内には御座船の模型や諸戸清六氏の顕彰碑など、地域の歴史を伝える貴重な文化財が残されています。
桑名城跡や七里の渡し跡など、周辺の歴史スポットと合わせて訪れることで、東海道の宿場町として栄えた桑名の歴史をより深く理解することができるでしょう。伊勢神宮参拝の際には、ぜひ赤須賀神明社にも足を運んでみてください。
天照大御神のご加護と、海上安全・交通安全のご利益を授かることができる赤須賀神明社は、三重県桑名市を訪れる際に必見の神社です。
